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ダメ人間のまるでダメな日々をつれづれに。     コメント・トラバ自由です。奇特な方は是非ドゾー。   酷評依頼中。


by kurumityan
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Smoke in Haze   第二十一回

「……せんぱい……」
 その時背中で発せられた声に行道は虚を突かれた。背中に来未の吐息を感じる。
「な、何だ?起きたのか?」
「……」
「寝言、か」
 そこで信号が青へと変わり、行道はもう一度来未を揺すって位置を整え、ゆっくり足を踏み出した。最近新しく開店したカフェバーの青いネオン管がバチバチと音を立てている。
「せんぱい」
 今度は行道の耳にも先程よりはっきりと聞こえた。
「来未?」と呼び返す。
「せんぱい……今日は、ありがとうございました」
「はは、何だよ改まって。どういたしまして、俺も結構楽しかったよ。何だかんだでな」
「よかったぁ……最後にこんなんなっちゃって、気分悪くしちゃったかと思いました」
「はっはっは、見くびるなよ?こんくらいで怒るかよ。お前は軽いから楽だよ。総二を担いで帰ったことがあるが、あん時ぁ地獄だった。あいつ細そうに見えて八十キロくらいあるからな」
「へぇ、意外ですね」
 一緒になって笑っていた来未だったが、その声は徐々に小さくなり、やがて黙りこくってしまった。
「……ありゃ、また寝ちまったのか」
「――いえ、起きてますよ」
「眠いなら無理せず寝ちまいな」
「や、そうじゃ、ないんですよ」
 心なしか、行道の首に絡まる腕に力が入っているように見える。
「ちょっと、聞いてください」
「あ?何だよ」
「あのですね、この前あたしもせんぱいのお仕事について行って、色々あたしなりに考えたんです」
「……うん」
「目の前で、いっぱいの人が傷ついたり亡くなったりして、あたしにとってはやっぱり衝撃的だったんですよ。こんな近くにそういうことがあるっていうこと。それと同時に、あたしもいつ怪我したり、死んだりするかわからないな、って」
「こら。例え話でもそういうことは言うなよ。縁起でもない」
「でも事実じゃないですか?あたしだけじゃなく、せんぱいだっていつそうなるかは分からないじゃないですか」
「そりゃまぁ、そうだけどな」
腕の力が更に強くなる。
「寝る前に、想像してみたんです。もしせんぱいがあたしの目の前で死んだらって……」
「……どうだった?」
「そのままトイレに直行して、吐いちゃいました。はは」
「今そこで吐いたら親子の縁を切りますよ」
「いつ親子になったんですか!」
「まぁ。いいとして」
「そうですよ、そんな中途半端なボケはどうでもいいんです」
「ちゅっ……う、うむ、それで?」
「それで……」
 その時二人の横を単車が通り抜けた。改造された大音響のエンジン音が遠ざかるのを舞って来未が再び口を開く。
「それでですね、考えたんです。いつ死ぬか分からない。こうしているうちにも事故とかで死ぬかもしれない。次の仕事の時に殺されてしまうかもしれない。そう考えると、今ここであたしとせんぱいが生きて会話しているのが、かえって不思議なんです。そう思いませんか?」
「ん、まぁそうだが……」行道はまだ来未の真意を測りかねている様子で、言葉も歯切れが悪い。
「最近のあたしの態度が前と変わったのも、そう思ったからです。いつ死んじゃうかも分からないのに、いつまでもせんぱいの表情を窺ってなあなあにしたくなかったんです」
「『なあなあにしたくない』って、何を?」
「あたしの気持ちです」
 来未は早口で言うと、大きく深呼吸をする。また行道の背中がもわっと温められる。
「あたしはせんぱいが好きです。家族としてでも友人としてでも先輩としてでもなく、異性として、せんぱいが、好きです」
















 からん。
 歩きつづける行道の足が転がっていた空き缶を蹴った。人気の無い通りに、その音が寒々しく響く。
「せんぱい。あたしは、あたしだって、一応十六歳の女の子です。自分で考えて、感じて、考える一人の女なんです。せんぱいがあたしのことをそういう風に見れないのは分かってます。でも、明日がくる保証の無いこんな状況だからこそ、伝えておきたかったんです。ここしばらく、きっとせんぱいは混乱したと思います。だって、今までの自分と全然違うのは自分自身でも自覚してましたから。今までより自己主張しました。わがままも言いましたし、素直に気持ちを出しました」
まるでその日見たお笑い番組のことを話すように、笑顔で連綿と言葉を紡ぎ出していく。「せんぱいがどう思ったかは、もしかしたら怒ったかも知れないですけど、これが、本当のあたしです。今までみたいにせんぱいにいちいち気を遣って自分を押し殺すのはやめます。もしそんなあたしがせんぱいにとって負担だったり、不快だったら……いつでも言ってください。でも前みたいに戻すことはもうできないんで、そん時はあたしの事はいなかったものと忘れてください。あたしはきっとこの先生きている限りせんぱいのことを忘れることはありませんけど、せんぱいがそれを望むなら、あたしもそれを望みます」
「いい加減にしろ!」
 行道は腕の力を抜いた。来未は支えを失って尻から地面に転がり、両手を地面に着いて座り込む形になった。それを見下ろし、
「お前はなぁ、さっきから『せんぱいが』『せんぱいが』ってよぉ、お前の意思は無いのか?じゃぁ俺が今ここで舌を噛んで死ねって言えば舌噛んで死ぬのか!」
「死ねますよ。やってみましょうか」
 笑顔のままあっけらかんと言い放つと、口を大きく開いて舌を前歯でぐっ、と噛んだ。行道はそれを見て血相を変え、慌てて来未の顎をこじ開けた。
「……お、お前は……っ」
「ね?」にっこり笑う唇の箸から血が一筋滴る。ぱんぱんと埃を払い、「あたしの意思はせんぱいの意思。唯一あたしの中にあるのは、『せんぱいの許す限り何があってもせんぱいと一緒にいたい。』それだけです」
「……はぁ」
 行道は両手で顔を覆って天を仰いだ。
「脅しじゃねえか、そりゃ……」
「せんぱいが苦しむことなんか何一つもないですよ。せんぱいはただ、このあたしがそばにいてもいいか、いて欲しくないかを言えばいいだけです。あっ、でも変に同情したりしないで下さいね。それがあたしにとって一番苦痛なことですから。もしいてもいいって言うなら、せんぱいもあたしを本気で愛してくれないと」
 遮るように吐いた溜息が白く流れていく。
「あのなぁ、いいか?さっきから愛だのなんだのと言ってるが、それはきっと勘違いですよ?そんな仰々しい言い方したってその内全部笑い話になるんだよ、こんなのは。お前くらいの年頃じゃよくある事だ」
「そんな……!」
「いいから聞けって」行道は涙目の来未の頭を、子供にするように撫でる。「ちょいと驚いたけど、そこまで俺のことを大事に考えてくれてるとは思ってなかったよ。ありがとな。その気持ちは受け取っておく。でもな」そこまで言いかけた時、俯いていた来未が自分の頭の上にある手を払い落とした。
「痛っ!」
「せんぱいならそう言うと思ってましたよ……」
 それだけ搾り出すように、呪詛のように呟くと、来未は踵を返して駆け出した。その先には、車道。とうに夜の十字を回っているが、交通量はかなり多い。
「ちょ、こら!待て!」行道も慌ててその後を追う。しかし虚を突かれた分、距離が開いてしまっていた。おそらく今の来未は何の躊躇いもなく車に飛び込むだろう。根拠も無くそう思ったが、来未は車道まで、もうあと十メートルもないところまで近付いていた。車道の上流を見やると、数台のタクシーが、あたかも速度を競うようにして猛然と近付いてくる。
by kurumityan | 2005-01-01 22:38 | Smoke in Haze