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ダメ人間のまるでダメな日々をつれづれに。     コメント・トラバ自由です。奇特な方は是非ドゾー。   酷評依頼中。


by kurumityan
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Smoke in Haze   第十八回


                  2.

 映画館に着くと、来未は封切り直後のコメディ映画の看板を指差した。
「すっごい面白いらしいですよ。テレビで言ってました」
「テレビでつまらんとは言わんだろ」
「あー、またそういうこと言う~。いいじゃないですかぁ」
 拗ねたように唇を尖らせながら言ったその仕草が、不意に愛らしかったために行道は言葉に詰まってしまった。
「あ……あぁ、そう、だな」
「うんうん。さ、行きましょ!」

 席に着くと、途中で行道にねだって買ってもらった、バケツ大のカップに入ったポップコーンをもふもふと頬張りながら、同じように欲しがった千円もするパンフレットを黙々と読んでいた。膝の上にパンフを載せ、左手でページをめくり、右手でポップコーンを鷲掴みにして口に運ぶ。そんな姿をぼーっと眺めていると、徐に来未が顔を上げ、ポップコーンのカップを、今まで置いていたのとは逆側――つまり左側であり、行道が座っている側――に置き直し、ひとこと。
「ふぇんふぁひほほうへふは?」
「な、何だって?」
 来未は『あっ!』という顔をすると、必死に口を動かして、口いっぱいに頬張っていたキャラメル味のポップコーンを何とか飲み干した。
「せんぱいもどうですか?って言ったんです」にっこり笑いながら、顔を赤らめながら言った。
「貰っていいのか?」
「いいですよー。それどーぞどーぞ。わっしょいわっしょい」
 (わっしょい?)と心の中で突っ込みながらも差し出されたポップコーンを一つまみ、口に運んでみる。
「んじゃ、頂きます……お、結構美味いじゃねえか、これ」
「でしょぉ?あたしもそう思ったから、せんぱいにも食べてもらいたくなったんです」
「そか。あんがとな」
「いえいえ~」
そんなこんなで、いざ映画が始めると笑ったり考え込んだり、最後は感極まって鼻をぐすぐす言わせたりと、ころころと表情を変えていた。行道が映画より来未の顔を見るほうが面白い、と思ったほどだった。来未はそんな行道の視線には全く気付かず、スタッフロールが終わって館内が明るくなるまでスクリーンを見つめ続けていた。


 映画館を出ると、外は既に薄暗くなっていた。時計を覗くと時刻は午後六時を回っていた。
「腹、減らないか」
 行道が問い掛けると、来未は顔を輝かせて手を挙げる。
「空きました!ご飯食べましょ食べましょ!」
「うむ。何食いたい?」
「え?えぇっと……」
 暫く逡巡してのち、
「ハンバーグ!」と笑顔で元気良く答えた。
「ハ、ハンバーグぅ?小学生か」
「はい?何か?」
「い、いや。そんなもんでいいのか?」
「はい。ていうか食べたいんですよ、ほんとに」
「そか、じゃぁどっかレストランでも入るかな」
「はい!」
 笑顔のまま答えると、歩き出した行道の少し後ろにくっつくように、とことこと歩き始めた。


 六本木の交差点から少し離れた小さなレストランの外のメニューに、ハンバーグがあるのを確認すると、二人はそこに入ることにした。来未は喜びを隠し切れない様子でチーズを乗せたハンバーグのセットを注文し、行道はチキンステーキセットを頼んだ。
「えらく嬉しそうだな」
「いやぁ、そりゃ嬉しいですよぉ。急に食べたくなったんですよね」
「そうか」行道もつられて笑顔になる。「そんだけ喜ばれたら、こっちも嬉しくなるな」
「えへへへ……」
 やがて料理が運ばれてくると、二人は映画の話なども交えながらディナーを迎えた。

                  3.

食事を終えて、店の外に出た時だった。
「ん、あ、ヤベ煙草置き忘れてきた」
行道がそう言い出して、店内に戻っていった。来未は微笑むと、上品な装飾の施されたレストランの壁にもたれて、夜空を見上げた。
「最初っから……こうすればよかったんだ」
 ひとり呟き、目を閉じた。
 その姿は、道行く独り者の男達の目を引くに十分値した。春の夜、レストランの壁に一人背中を預けて、目を閉じて佇む白いワンピースの少女。少女趣味を持つ者でなくともそそられる光景だった。
 その時、やはり目を奪われてしまった男が、人波から逸れて来未の方へと近付いてきた。来未はその気配をすぐに察知し、きょとんと目を開いて男を見た。男はそれに怯んだ様子もなく、真っ直ぐ来未の前に立った。
「今、一人なの?」
「え、え?」
「何か考え事でもしてたの?」男は来未の後ろの壁に手を突き、顔をぐっと近付けた。
「あ、風が、気持ちよくって……」
「そうだね、もう春!って感じだよねえ」
「そうですねぇ……で、あたしに何かご用ですか?」
 男は大袈裟にガクッ!とリアクションをすると、
「いやいやいや!明らかにナンパだからさ。ねえ、これからどっかで飲まない?」
「ナ、ナンパ?ほんとですか?」いきなり来未が身を乗り出し、顔を紅潮させて問い詰める。「は……初めてだ……ナンパなんてされたの」
「えっ、そうなの?そんなぁ~、こんなに可愛いのに」
「かっ!可愛い!ですか!参っちゃうなぁー」本気で喜んでいる。
「可愛いよ、だからさ、行こうよ。初めて記念におごってあげるからさぁ。いい店知ってるんだ、俺」
「あ、でも、あたし一人じゃないんですよ。今ちょっとお店の中で探し物してて……」
「カンケーなくねー?こんなとこにほっぽっとくような奴、バックレちゃいなよ」
「い、いやいや、そういう訳にも行かない訳で」
「何、彼氏?」
「いえいえいえいえ!滅相もない!」両手をブンブンと振り、力いっぱい否定する来未。それを見て、男は更に調子付いた。
「ならいいじゃん!ね、行こうよ」男は来未の手を握り、強引に引っ張り始めた。連れが戻ってきたら面倒、と踏んだのだろう。
「ちょ、ちょっと、ダメですって」
「いいからいいから、ね、行こうよ。ね、ね?」
 男は尚も手を引っ張り続ける。徐々に来未の表情が険しくなってきていることに男は全く気付いていなかった。
「ほら、ほら。行こうよ」男がぐっと力を込める。手首に痛みが走り、来未は顔をしかめた。だが男はそれでも力を緩めない。
「だ、ダメ、ダメですってば!あああぁぁぁぁ!もう!行かないって言ってるでしょ!」
 来未は一瞬手から手から力を抜き、男が体勢を崩すと今度は逆に自分の方に引き付け足を払い、力のベクトルを真上に向けた。ほんの一、二秒宙を舞った男の体は、次の瞬間にはドゴッ!といういやな音と共に背中から地面に叩きつけられていた。
「はぁ、はぁ……もう、いい加減にして下さい!」
 しかしその叫び声、既に男の耳には届いていなかった。男は白目を剥いてピクリとも動かない。そこへ行道が頭を掻きながら戻って来た。
「いやいや、えらく探したんだがズボンのポケットに入ってたよ。悪い悪い」
 来未はその声に振り向くと、地面に転がっている男を無言で指差した。
「あ?……あー……何、どした」
「ナンパされて、強引に連れて行かれそうになって、そんでムカっときて……」
 行道は苦笑しながら男の傍に膝をつき、首筋に手を当てた。
「失神してるだけだな。しかしナンパした相手が悪かったなぁ」
「もぉ!笑い事じゃないですよ!」
「はは、悪い悪い。どこか痛めなかったか?」
「大丈夫ですけど、右の手首を、ちょっと」
「どれどれ」行道は来未の右腕を取り、手首を曲げたり伸ばしたり、指で押したりして怪我を確かめる。「痛くないか?」
「だ……大丈夫です」
「そうか。ま、寝て起きりゃ直ってると思うがな」
「あーもぉ、災難でしたよ。こいつ、どうしてくれよう」恨めしそうに言いながら、男の頭を爪先でコン、と蹴った。
「そうだな……パンツ一丁に剥いて放置に一票」
「あ、それいいですね!」
「だろ?交番も近いし。そんじゃ早速……」
by kurumityan | 2005-01-01 22:35 | Smoke in Haze