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ダメ人間のまるでダメな日々をつれづれに。     コメント・トラバ自由です。奇特な方は是非ドゾー。   酷評依頼中。


by kurumityan
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Smoke in Haze   第十二回


                閑話


 紹介された医者に少女を見せたところ、その第一声は
「こいつは駄目ですよ。平たく言うと無理って奴だ。諦めてください」でした。
「ん、何だって?」
「治すのは無理だって言ったんですよ。諦めてください」
「どういうことだ?」
「あのね、僕の専門は外科なんですよ。いいですか。例えばね、あなたがどこかそこいらで犬ッコロにでも噛まれて大怪我したとしますよね。その時は僕の出番です。いくらでも診て差し上げましょう。微塵の傷跡も残さず綺麗さっぱり治せましょうよ。でもこれは話が違う」何度も眼鏡を触りながら、眉毛をぴくぴくと動かして喋る様を見て、男は内心溜息を吐きました。
数秒の間。男は少し考えて、再び口を開きます。
「で、何がどうまずいんだ」
「あなた、本気で言ってらっしゃる?」医者はこれ見よがしに表情と口を歪めて言いました。
「ああ。説明してくれ」
「―――いいでしょう。まず、見た通り、この子はひどく衰弱している。あれやこれやと調べるまでも無い、極度の栄養失調です。何か病気も持っているかもしれません。そして、生きている人間ならあって然るべき反応というものがこれまた極度に弱い」
「確かにそうだな。触れても担いでも、風呂に入れてやっても、うんともすんとも言わなかったよ」
「でしょうね。これはおそらく、精神に何らかの障害を負っていると思われます」
「なるほど」
「それらを踏まえた上で、もう一度言いますよ?『僕の専門は外科なんですよ』」
「だから、それがどうしたんだよ」
「それがどうした、って……僕には治せないと言っているんじゃないですか。あなた大丈夫ですか?あなたの方こそ精神科の門をくぐる必要があるんじゃないかと僕は思いますがね」
「治してくれなんて俺がいつ言ったんだ?俺と大して歳は変わらんのに、痴呆か?」
「……ふん、まぁいいでしょう。じゃあ、何のためにここへ?皮肉を言い合う為じゃあないでしょうに」
「この子を生かしてくれ。死なせないでくれ。それだけでいい」
「この先一生口が利けないかも知れない障害者を養っていく覚悟がおありで?」
「関係あるか。できるのか、できないのか。どっちなんだ」
「出来ない事はないですが、とりあえずすぐに行わなければならない応急措置だけでも、相当高くつきますよ。こちらにはその様な設備はないですし、何かと……」
「幾らでも出してやる」
「―――その言葉、忘れませんよ」
「ああ、覚えておけ」
「いいでしょう。受けるからにはこのお話、出来る範囲のことでしたら総て完璧にこなしましょう。とりあえずは即金で五百万ほど用意していただけますか」
「ああ、安いもんだ」
 札束を机にぶちまけながら言いました。



                  5.



 ハンター六人を乗せたトラックが、現場の銀行近くに停車した。一瞬だけ警察関係者が反応を見せたが、すぐに何事もなかったように無視し始めた。マスコミは完全に無視して、気にも留めていない。寧ろ、気付いてすらいないように見える。
『緘口令でも敷いたのかねぇ』
「かもな。そういや、要求は出たのか?」
『ああ、お決まりの「同志の釈放と身の安全」だよ』
「進歩のない動物だな」
『だぁね。―――そいで、段取りはどう?決まったかい?』
「あらかたな。まぁそんなにしっかりとは決めてないがな。必要ない」
『ほほう、心強いお言葉で。で、どうするね?』
「一番単純な方法でやるさ。策を弄する手間が面倒なだけかもってのは、ここだけの秘密だ」
『はは、まぁ任せるさ。改築を控えた古い建物だし、派手にやっちゃって』
「おう。そんじゃま、ちょっくら行ってくるさ」
『行ってらっしゃい』
 行道はそこで総二との通信を切り、代わりに通常の無線機を、警察に指定されたバンドに合わせてスイッチを入れた。
「こちら恋するウサギちゃん。配置についた。応答願う」
 一瞬のノイズの後。
『感良し。宜しく願う、こ……恋するウサギちゃん』
「了解。その前に、ちょっと正面玄関前の観客を動かして欲しいんだが」
『どのくらい?』
「出来る限り遠くへ」
『――了解』
「それを確認次第出る」
「重ねて了解。健闘を祈る」
 通信はそこで終わった。それを見計らって、堪りかねたように来未が口を開く。
「あの、『恋するウサギちゃん』って……」
「あぁ、総二が決めた今回の俺たちのコールサインだ」
「――そ、そうですか」
「私達、この間は『恥ずかし固め』でしたよ」
「……俺は『マッチョマン』ていうのがありましたね」
「おぉ、俺なんか『ミリオタ』なんてーのありましたYO!なんでバレたのかなぁ?うひゃひゃひゃ」
「バレてないとでも思ってたんですか」
「ええっ!?」
「権藤、お前突っ込み速いなぁ」
「嬉しくも何ともないですね、それ」
 などと盛り上がっている面々の前で、警官隊が銀行の正面玄関前に居座っていたマスコミや野次馬達を散らしていく。行道はそれを車内のモニターで確認すると、
「じゃ、行くか」と、まるで切れた煙草を買いに行くような調子で言った。



 トラックの荷台の観音開きのドアが、派手な音と共に内側から勢いよく開かれた。周囲の視線が一瞬にして集まる。数台のカメラがそちらへ向こうとした矢先、轟音が響き渡り、煙を引きながら何かが銀行の正面シャッターに激突し、爆発した。野次馬達は恐慌に陥り、その場に伏せ、或いは逃げ惑う。次いで周囲には、一寸先も見えないほどに白煙が立ち込める。その大混乱の中を、幾つかの影が素早く駆け抜けていった。


 行道達は、未だ白煙の立ち込める中、銀行の屋根に上がっていた。筧だけがやや離れた所に座っており、行道は姿勢を低く保ったまま耳に装着してある通信機に手を伸ばした。
「こちらウサギちゃん、初動成功。第二段階に移る」
『幾らなんでもやり過ぎだ!こんな話は聞いてないぞ!』
「ありゃ、そうでしたかね」
『人質が居るんだぞ!分かってるのか!?』
「あ、で、電……波が……悪ザザー」
『貴様、何を言って』ブチッ。行道は、無線の電源を切って舌を出して見せた。
「あー、やだやだ。『貴様』だってよ。何様のつもりなんだか」
「……お役人様、じゃないですかね」権藤が肩を竦め、呟いた。
「お、お前いいこと言うな。その勢いで行くぞ」
「はぁ」
 そこに筧が小走りで戻って来て、行道の隣に腰を下ろす。
「出来たか?」
「大丈夫、だと思います。なっはっは」
「よし。それでは皆々様。御準備は宜しいかな?」
 全員が、黙って頷く。
「OK。筧、やってくれ」
「了解っ!」
 筧が手に持っていた小さいパネルを操作する。
 ドォン!と腹に響くような轟音が鳴り渡り、天井の一角から土埃がもうもうと上がった。



                 *



 行内には、血と硝煙の匂いが充満していた。先ほどまでは啜り泣きが幾つも聞こえてきていたが、既にその気力すら失い、全員固まったように身じろぎ一つ出来ない状況だった。
 今回のテロのリーダーである立川昭吾は、窓のブラインドをそっと指で持ち上げ、外の様子を窺った。
「立川さん!危ないですよ」
 同士の声に立川はゆらりと振り向くと、意味ありげな笑みを浮かべ、淡々と言った。
「安心しろ。もう狙撃はない」
「しかし第二波が来る可能性も……」
「無い。俺が無いと言ったら無いんだ。今までに俺の言うことが間違っていたことがあったか?」
「いえ」
「ならばそういう事だ」
 そう言い切ると、最早同志らの言には耳を貸さず、じっと外を注視する。
――そう、これ以上の狙撃は無い手筈になっているんだからな。
 そう思うと、笑いが込み上げそうになった。
――現代の戦争は情報戦だ。情報と人脈を持つものだけに勝利が与えられる。
 後は……要求を飲ませて逃げ切れば俺の勝ちだ。そのためには何をも厭わない。
「おい」
「はい、何ですか」
 立川はチラリと女子行員たちを一瞥し、
「お前ら、この女達を一人ずつ犯して、玄関に吊るせ」
「た、立川さん!それは……」
「それは、何だ?ん?」ねめつけるような視線を走らせる。
「う……」
「彼奴らは国家の経済的象徴たる国営銀行の走狗なるぞ!貴様、再教育が必要と見えるな!」芝居掛かった言い回しで、その男に銃を向けた。
『教育』という単語にその男は敏感に反応し、じっとりと冷や汗を浮かばせる。
「い、いえ!滅相もありません、一時の気の迷いでした!自己批判します!」
「……分かっているのならいい。さぁ、そうと決まったらさっさとやれ」
「は、はい」
「もう狙撃は無い。安心して務めろ」
 男達は銃を下ろして、じわりじわりと女子行員たちに近付く。行員達は今までの会話を全て聞いて、これから何が始まるのかを理解しているが、極度の緊張と恐怖のために竦んで動けない。男達の腕が一人の行員の腕を恐る恐る掴む。行員は反射的に身を翻して避けようとしたが、思うように体が動かずバランスを崩して倒れこんだ。その時、事件発生直後に眉間を打ち抜かれた上司の死体と目が合った。
「い……嫌ああああぁぁぁぁぁあ!」
 その叫び声と、突然の爆音とが重なった。
by kurumityan | 2005-01-01 22:30 | Smoke in Haze